【ぼっち悲劇】食料補充作戦失敗のまま迎えたホーチミンシティの〝厳格な都市封鎖〟 

ベトナム生活

※アイキャッチ画像は【Tuoi Tre Vietnam Online News】からお借りしました

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【ぼっち悲劇】食料補充作戦失敗のまま迎えたホーチミンシティの〝厳格な都市封鎖〟 

しんちゃお。
日本でもニュースになったようだけど、今なう〝厳格な都市封鎖〟中のホーチミンからくろまめです。

スイカ食べすぎ腹のぽちゃぽちゃ音が響くくらい静か。
この街でかつてこんなに静かなことがあっただろうか。車もバイクもオート三輪も人も、ごちゃごちゃと常ににぎやかな喧噪に包まれているはずのホーチミンシティ。

違和感しかありません。

人々は声をひそめて暮らしてるかのよう。
エレベーター前の着信音も聞こえない。激しいカラオケの音もしない。上階もピアノは自粛しているのか、もしや田舎に疎開したのか。(いや、どこにも移動はできないはず)
絞める前に甲高く鳴くニワトリも鳴かないし羽も飛んでこない。聞こえるのはヒュンヒュンという救急車の音だけ。


夜明け前に目覚めてみれば大都会であるこの街に鳥のさえずりがやけに大きく響いて大自然みまである。サイゴン川を毎日忙しく行き交っていたコンテナ船や砂を運ぶ作業船もすっかり姿を消して、水面は鏡のよう。まるで異世界。

都市封鎖は今週8月23日の月曜日から始まった。

ホーチミンシティの〝都市封鎖〟期間はいちおう2週間の予定。
いちおうと言うのも、中部ダナン市でひと足早く始まった8月16日からの“絶対外出禁止”が1週間から10日に延び、またさらに延びて今現在も解除されていないから。

ホーチミンも感染状況次第だろうと思うが、いまの状況から急に感染者は減ることも、急に増えることもないのではないだろうか。都市封鎖直前の買物パニックで多くの人が動いたし、屋内だけでなく屋外ですら過密になっていたのだから数字的にはしばらく増え続けそう。
人口密集区域では感染が蔓延してる可能性もないとはいえない。

 

時系列で遡ってみます。

8月23日(月)都市封鎖スタート

 

その4日前:8月19日(木)

珍しく早く目覚めたので涼しい時間帯に食料調達にチャレンジする。
セブンイレブンや野菜ショップなどの行列に並びながら7件ほど歩きまわり、ヨーグルトとヨーグルトをつくるための無糖牛乳、卵6個と野菜が少量手に入る。

相変わらず野菜の在庫が少なくパンも無い。

帰り道に路上でこっそり店開きしていた何でも屋(露出が異常に高いお姉さん)に出くわし、ベトナム人のような顔をしてしれっと並び小さなコッペパンのようなものを二袋買う(10本350円。)

久しぶりのパンに興奮する。家に帰ってじっくり眺める。

 

3日前:8月20日(金)

人の動きが突然慌ただしくなる。
買い出しに走るひとの様子がベランダから垣間見れる。
というのもやたらと人がスーパー方向に向かっている。スーパーやコンビニ、薬局以外で開いてる店がないのだから買物に行くんだなということがわかる。それにしても久しぶりにこんなに外に出てる人見たな、というくらい多い。
真下にある薬局にも初めて行列ができる。

そして大量の荷物を抱えた人たちがそれぞれ戻ってくる。やはり買い出しなのだろうか。

1週間前にデリバリー注文していたオートミールとシャンプーがやっと届く。ベトナムに来てから美容室で買っていた銘柄のシャンプーを見つけた。本来は食料品ではないので注文できないが、食品と一緒だったからかろうじて可能だった。ドライバー不足でなかなか届かなかったからホッとする。
もしもこのとき届かなければ、今頃は石鹸で頭を洗っていたところだ。想像するとゾッとする。

到着したドライバーからの電話を受けるも、エレベーターが一向に来ない。ひとり乗りに限定されてるエレベーターは「あ~やっと来た!と思っても、誰かが乗っていて乗れない「チッ!」の繰り返し。
地団太を踏みながらお店に連絡して事情を話し、ドライバーに謝罪。12機あるエレベーターを駆使してやっと地上に降りられたのが25分後。荷物を受け取りながら平謝りしてドライバーにチップをはずむ。
非常時のことを考えると高層住宅はリスクが高いことを身をもって知る。

やはり人の動きが社会隔離になってから一番激しい。これはぜったいにさらに厳しい制限がなされるんだろう。週明けから本当に一歩も外出できなくるのであれば、手持ちの食料では絶対に足りない。明日は早起きして食料を補充しておかなければとか、証明書を催促しておかなければ大変なことになりそうだとか、考えるのは止めようと思っても気持ちがざわざわして落ち着かず、なかなか寝付くことができない。

 

2日前:8月21日(土)


朝7時カートを曳いて出ようとアパートのエントランスを出たところで偶然“水のおじさん”に出会う。おじさんも気づいて恥ずかしそうに小さく手を振ってくる。水のボトルをいつもより1本増やして欲しいとお願いして快諾される。→おじさんメモ帳に書き込む。
おじさんと別れてスーパーに向かうもエスカレーターを降りるところから並んでいて入店まで暑さに耐えて1時間と少しかかった。入場制限しているのに店内も過密で人いきれでむっとしていた。レジ待ちも延々と長く、気分が悪くなり生ものは買えなかった。

18時以降外出禁止のため、エージェントが「居住証明書」を届けられず、依頼を受けた公安警察官が夜になって雨の中、制服姿のまま届けてくれる。公安と話したのは初めてだったが意外とフレンドリーだった。

↓〝水のおじさん〟はこんなひと

水の配達 陽に焼けたおじさんの笑顔に癒される
ベトナム渡航後に予想外のぼっち。誰とも会わない生活の中で20日に1回だけ水を配達するおじさんが我が家にやってくる。ベトナムしか話さないおじさんとベトナム語が話せないくろまめが宇宙交信で交わす交流も早1年。おじさんの陽に焼けた笑顔に癒されるほっこりタイム。

 

1日前:8月22日(日)


朝起きてすぐ、念のため水のおじさんにSMSを送る。いつもはすぐに来る「Ok」返事がなかなか来ない。「Ok」という返信が届いたのは送ってから4時間経っていたので嫌な予感がした。
これだけエレベーターが来るのに時間がかかれば、今は部外者として建物内に入ることのできない水のおじさんは配達にさぞ苦慮していることだろう。

「居住証明書」を会計士に配達してもらうためにアプリでデリバリーを手配する。昨日のようにドライバーを長時間は待たせることはできないので予めロビーに降りてから操作し、ドライバーがつかまるのを根気よく待つ。前回、社会隔離中にデリバリーを頼んだときはドライバーがつかまるのに1時間と少しかかった。今回はさらに2~3時間はかかるのだろうと覚悟した。

もし水のおじさんが来てもせめて受け取りを待たせないようにと、19ℓの空ボトルを2つ抱えたまま汗を流しつつ待つ。最近は受け取ってから自分でおじさんの台車を使って部屋まで運び、空ボトルを渡して現金を払うという流れだったが、今日は先にお金を払って受け取り、1本ずつ手で運ぶつもりだった。
Grab デリバリーの料金はハイエンドまで跳ね上がるものの、まったくつかまらない。ドアを開け放ったままのロビーに長時間立っていた間に足を3か所蚊に噛まれる。
別の配車アプリを試してもドライバーがつかまる気配はまったくなかった。

15分に1度自動キャンセルされることを6~7回繰り返し、しかたなく一旦あきらめることにする。

住人は老いも若きも外に買い出しに出てる。今まではめったに見かけることのなかった派手なニュー台車を押す人が多い。デリバリーなんて待っちゃいられないと殺気立っているように見える。大量買い出し待ったなし。
感染対策で店内に3人の客しか入れないアパート横のミニマート前を見れば常時30人~50人の長い行列。灼熱の屋外でもカートや台車片手に根気よく待つ光景が広がる。

車寄せにいる配達バイクも受け取りに来る客待ちで長蛇の列。

デリバリーがつかまらず、水のおじさんも来る様子がないので一旦部屋に戻って虫刺されの薬を塗る。水分補給して軽くお腹を満たしたあとに、お昼時ならつかまるかも知れないと考えて、また大きな空ボトルを2つ下げて書類を片手に部屋を出る。

ロビーや外を行き交うひとは朝より更に増えている。大量の野菜や乾麺や飲料などを家族で手分けして運んでいる。あの量を保管する場所があることがすごい。冷蔵庫だって1台ではとうてい入りきらないだろう。きっとこういう人たちは業務用の大きなフリーザーも持っているのだろう。

午前中は手配が失敗に終わり、再び部屋に戻る。

午後からもドライバーキャッチを根気よくチャレンジ。スマホのバッテリーの減りが早い。常に位置情報が動いているのだからさもありなん。もはやここまでくると意地である。

買い出しの人々の殺気はさらに高まり、アパート前の車寄せに突然闇市が現れる。大きな発泡スチロールの中に川魚を大量に入れて街路樹の下で店開き。ビニールの袋に大きな魚を直にインして買っていく人も多い。途中魚を落としちゃった人もちゃんと拾って袋に入れ直して立ち去る。
次にスイカ売りが現れる。これは同じフロアの住人家族だ。闇でエステを営んでいたが美容室を含むその業種はほかよりいち早く営業が停止される。家族総出で大きな台車を使って日々ものを運んでいる。アパートのほかの棟へも手分けして配達をしている。この家族は最近ずっとエレベーターを独占している。

最後に大量の野菜をさばく人が現れる。捨てた野菜を拾ったりデリバリー置台からくすねていくおばさんも現れる。もはや無法地帯ではないか。じっと見ていたらそのおばさんはくろまめに目で(あんたも要るか?)と聞いてきた。欲しい気持ちはあるにはあったが、首を振った。

この1日でベトナム生存競争のリアルを目にする。

証明書類には期限があるから、なんとしてでも今日中に届けなくてはならないし、水もライフラインではあるが、このままここに留まっているのは感染リスクがありすぎる。マスクを二重にしてフェイスガードを付け帽子まで被ってはいるが外気温は33℃で汗が止まらず息が苦しい。

都市封鎖直前に食料を求めるこの買い出しパニックで多くのひとが感染するのではないだろうか。
怖すぎる。

結局のところ、リミットの18時まで待ってもデリバリードライバーもつかまらなかったし、水も届かなかった。そのせいで16時には閉店してしまう食料品店の行列に並ぶことも食料を買い足すこともできず、ただ蚊に刺され、滝汗をかいただけで終わった1日だった。
不安を多く残したまま翌日の都市封鎖を迎えることになった。

 

↓ベトナムのPCR検査はこんな感じよ。

~ブルーマン現る~ 部屋まで迎えに来るベトナムの強制的PCR検査!!!
夜も更けてから鳴ったインターフォンの画面に現れたのは青い防護服だった。ブルーマンが迎えにきたからには野戦病院での隔離か連行か。怯えながら連れて行かれたのはアパート1階のラウンジに急遽設営されたPCR検査だった。1回目は余裕だった検査も2回目は…。

いま振り返ってみると反省点は多い。

都市封鎖前の土曜日、たしかにスーパーもいつも以上に混んでいた。
入店待ちに1時間、さらに店内で野菜果物を量ってもらう行列に並びはしたけど20分以上かかって密になりあきらめた。
トイレットペーパーと洗剤と乾物だけを買ってレジに1時間並んだ。
どうしてみんなこんなに必死なんだろう。
いつも以上に切迫感があったのだから、その時気づいて野菜も辛抱強く並んで買えば良かったのだ。


そしてその夜に『北部から人民軍がホーチミン入り23日から外出禁止の方向』というニュースが流れる。
続けざまに新たなニュースが流れる。

1,000 troops, medicos on their way to HCMC, provinces to help contain Covid - VnExpress International
A contingent of around 1,000 soldiers and military doctors will arrive in Ho Chi Minh City between Saturday and Monday to help fight the Covid-19 pandemic.

ホーチミン市内を色別にゾーン分けして食料のデリバリー手配が可能な地域を限定した。はっきりとした決定はなかなか出なかったが、貧困世帯への無料配給は決まった。

そうか、こういうニュースはベトナム人の中でいち早く噂として流れてニュースリリース前にみな行動を起こしていたんだな。それで買占めに走っていたんだな、と後になって確信する。

当地での人間関係が希薄なくろまめは毎度の事ながら出遅れてこんなありさま。

トイレットペーパーとシャンプーは確保できた、よかった。
しかし野菜はどうする?3食とも主食は無しか?

パンがないなら麺を食べればいいじゃない?

しかしライフラインである水が無いのだ…。茹でられないぞ!

軍の配給があるのならば待てばいいんじゃない??
都市封鎖を翌日に控えたこの時点で、考えがまだ甘々なくろまめだった。。。

 

へんがっぷらい!(また会いましょう)
くろまめ

 

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